東京地方裁判所八王子支部 昭和50年(ワ)1070号
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
(原告)
1 原告が被告に対し、期間の定めのない雇用契約に基づく権利を有することを確認する。
2 被告は原告に対し、昭和五〇年一〇月四日以降原告を復職させるまで、毎月二五日限り金九万五、八一五円の支払をせよ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決及び2、3の項につき仮執行の宣言
(被告)
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決
《以下事実略》
理由
第一本件契約前の経緯
被告は、いわゆる自動車の製造販売を業とする会社であり、昭和四五年四月二三日、原告との間で雇用期間を三か月(但し支障のない場合は自動的に更新される。)とする準社員契約を締結したこと、右契約には準社員契約締結後勤続六か月後は社員登用試験の受験資格が付与され、勤続一年までの間に三回の受験ができるが、そのいずれにも不合格となった場合には原則として一か月の予告期間をおいて準社員契約を終了する旨の条項が存在したこと、原告は三回右試験を受けたが一度も合格しなかったこと、被告が昭和四六年三月二〇日、原告に対し、原告が社員登用試験に三回とも合格しなかったことを理由として同年四月一九日付をもって準社員契約を終了する旨予告したこと、同年四月一九日になって被告が右傭止めの予告を撤回したことはいずれも当事者間に争いがない。
第二本件契約の成否
そこで本件契約の成否について検討する。
原告は、被告が昭和四六年四月一九日、原告に対し、期間三か月の雇用契約の申込をし、併せてその旨を明示する雇用契約書に原告の署名を求めたが、有期間契約では傭止めの時期が延長されるだけであり、原告を傭止めにすることが無効であり不当であるという原告の従来からの主張が無視されることになるとの理由から、契約書への署名をしないでその申込を拒絶した。そして、翌日から被告日野工場に出社したところ、被告は以後昭和五〇年一〇月三日まで原告に賃金を支払い続けたから、被告との間に昭和四六年四月二〇日、或は遅くとも同年七月二〇日に、期間の定めのない雇用契約が成立したものと解すべきであると主張し、右提示の契約書に原告が署名押印を拒絶し、その翌日から昭和五〇年一〇月三日まで原告が日野工場に出社し、この間被告が原告に対し賃金を支払って来たことは当事者間に争いがない。しかし、(証拠略)を総合すると、被告が先にした傭止め予告を後になって撤回したのは、右傭止め予告に対し、原告が、右は原告の入社前の政治活動を理由とするもので違法無効である旨主張して、みずから若しくは応援者らとともにその旨を記載するビラを被告日野工場周辺において被告従業員等に配付したり、スピーカーを用いてその旨演説する等の行動に出たため、その対応に苦慮した被告人事担当者らが、原告の責任において右の行動を止めることを条件に三か月間傭止めを猶予しようと考えたためであること、右傭止め予告を撤回した昭和四六年四月一九日、被告は右の旨を原告に告知し、原告も被告の意図を認識していたこと、その際被告は右三か月の期間は傭止めの猶予期間であるから被告において就労する必要はなく、他に就職先を探すよう申向け、翌日から原告が出社しても現実には同人を就労させず、この状態が昭和四八年八月三一日まで続いたこと、その間昭和四六年四月二三日、被告は原告に対し、期間を三か月と明示する雇用契約書に署名を求めたが、原告は同月一九日と同様これを拒否し、その際、前年四月二三日成立の準社員契約が傭止め予告の撤回により当初の三か月ごとに自動更新する旨の条項は生きており更新されている(同年五月一五日まで)から今更新らたに三か月の期間を定めた雇用契約を締結する必要がない旨述べたこと、被告が昭和四六年七月一九日原告に対し傭止めをしないで賃金を支払い続けたのは同年四月二〇日以降も原告及びその支援者らの被告に対する批判、宣伝活動が弱められることなく続けられたことから、被告の人事担当者らにおいて暫く事態の推移を見たうえで対処するのが得策であると考えたためであること、更に、被告における社員規則、同給与規則、準社員規則、同給与規則によれば、期間の定めある雇用契約に基づく従業員と期間の定めなき雇用契約に基づく従業員の労働条件には賃金、年次有給休暇日数等のうえで差違があるが、原告が受けていた処遇は昭和四六年四月二〇日の前後を通じて何ら変るところがなかったことが認められ、この認定に反する原告本人尋問の結果部分はにわかに採用できない。以上認定の諸事実のもとにあっては、昭和四六年四月二〇日或は遅くとも同年七月二〇日に原、被告間に期間の定めのない雇用契約が新らたに締結されたものということはできず、かえって、右の事実に前掲当事者間に争いのない昭和四五年四月二三日成立した準社員契約には三か月の雇用期間の定めがあるとともに自動更新条項も存在したばかりでなく、期間の定めのない社員契約締結のためには前記のとおり社員登用試験に合格することが必要であることを併せ考えれば、原・被告間の雇用契約関係は、昭和四六年四月二〇日の前後を通じ後記懲戒解雇の効力が生じるまで、前記準社員契約が更新され続けることによって維持され、存続していたものと認めるのが相当である。もっとも、右準社員契約には、契約成立後一年までに社員登用試験に合格しなかった準社員は、原則として契約成立後一年をもって傭止めされる旨の条項があることは当事者間に争いのない事実であるけれども、右は傭止めにすることを原則とするだけのことであって例外的に傭止めしないことを許さないものではなく、また傭止めしない場合に無条件で社員に登用するものでもないことはその条項の体裁上明らかであるから、右条項の存在が前記認定、解釈を妨げるものでないことはいうまでもない。
なお、前認定の諸事実のもとにあっては、原・被告間の雇用契約は、昭和四五年四月二三日に被告に雇入れられて以来昭和五〇年一〇月三日付で原告が懲戒解雇の意思表示を受けるまで通算二〇回(昭和四八年九月一日以降の就労中は八回)更新されているが、民法が雇傭に関し期間の定めある雇用契約を適法なものと認めているうえ、労働基準法が一年を越える期間を定める雇用契約の締結を禁止している(同法一四条)他には右民法の規定を修正する特別法は存在しないから、適法な期間の定めある雇用契約は反覆更新されてもそのことのゆえに期間の定めのない雇用契約に変質することはないものと解するのが相当であって、右多数回更新の事実も前記認定、解釈を妨げるものではない。
結局、昭和五〇年一〇月三日当時、原告は被告に対し、三か月の期間の定めある雇用契約(準社員契約)上の地位を有していたものである。
第三本件懲戒解雇
原告の本訴請求は期間の定めのない雇用契約上の地位を有することの確認であるが、この請求中には予備的に期間の定めある雇用契約上の地位の確認請求をも含むものと解されるので、原告が現にその地位を有するかどうかについて検討する。
一 昭和五〇年一〇月三日、被告が原告に対し、本件懲戒解雇の意思表示をし、同月四日以降原告の雇用契約上の地位を争ってその就労を拒絶し、賃金を支払わないことは当事者間に争いがない。
二 本件懲戒解雇の効力
原告は本件懲戒解雇の効力について争うのでこの点について審按する。
1 原告に適用される就業規則
原・被告間の雇用契約関係が被告の準社員規則によって規律されることは前認定のところから明らかであるから、本件懲戒解雇については右準社員規則の関係規定がその根拠となるものである。
2 懲戒解雇条項
(証拠略)によれば、昭和四九年六月一六日以降原告が懲戒解雇の意思表示を受けた当時における準社員規則三七条には別紙(一)記載のとおり懲戒の種類方法についての定めがあり、その三八条には別紙(一)記載どおり懲戒の基準についての定めがあること、昭和四七年五月一六日から昭和四九年六月一五日まで被告の準社員に適用されていた準社員規則にも懲戒の規準について別紙(一)記載の懲戒の基準についての定めと同一の定めがあることがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。
3 懲戒解雇条項の解釈
ところで、右規則三七条は、右のとおり懲戒処分につき五種を定めそれぞれにつきその内容を規定したうえその二種以上を併科できることを定めるのみであり、その三八条も懲戒の基準として懲戒処分該当行為を種々列挙するが、右該当行為が存在する場合にどの懲戒処分を選択するかの基準については、単に「情状に応じて」と規定するに止まる。ところで、懲戒解雇は、使用者が労働者を一方的且つ究極的に企業から排除してその者の経済的基盤を奪うとともに精神的にも重大な不利益を与えるものであるから、懲戒解雇処分に付する際には、当該労働者を譴責、減給、又は出勤停止などのより軽い処分に付してこれに反省の機会を与えることが全く無意味であって当該労働者を企業内に存置することが企業の円満な経営秩序を紊し、その生産性を阻害することの明白な情状にあるときに限って許されるものであると解するのが相当であるから、右準社員規則三七条、三八条の解釈適用にあたっても右と同様に考え、右規則三八条各列挙事項のいずれかに該当する行為があり且つその行為の情状が前叙のごとき重大且つ明白な場合にのみ懲戒解雇は許されるものと解すべきである。そこで、右見解のもとに懲戒解雇の事由の存否及びその情状について検討する。
4 懲戒解雇の事由
(一) 延長職懇参加に際しての業務命令違反等について
(1) 抗弁1(六)(1)<1>の事実について
組合が昭和四九年六月七日と同年一〇月一〇日の両日、いずれも昼の休憩時間に引き続き午後一時二〇分まで、三〇分間は勤務時間にかかる延長職懇を開催したこと、原告が右延長職懇に参加したこと、原告が当時非組合員であったことはいずれも当事者間に争いがない。そして、(証拠略)によれば、延長職懇は、組合がその活動として一か月に一度三〇分間の範囲で勤務時間中に開催することを組合からの事前の届出を条件として被告から許された組合員の職場総会であり、右延長職懇の勤務時間にかかる三〇分間について組合員は就労しなくとも賃金請求権を失うことがないことが認められ、右認定に反する証拠はない。従って、被告が右延長職懇の三〇分間につき就労請求及び就労上の作業指示をなし得ないのは組合員に対してのみであり、非組合員に対しては、雇用契約上の義務の履行を請求でき、それ故に又作業上の指示命令をもなし得ることはもち論である。
(2) 同<2>の事実について
(人証略)を総合すれば、原告が昭和四八年以降所属した被告日野工場第三製造部管理課堀本組(以下「堀本組」という。)の指導員である八木誠治は、昭和四九年六月七日と同年一〇月一〇日の延長職懇に先だち、原告に対しその職務権限に基づいてそれぞれステップ加工のボルトセットないし中型車キャブフロアーのグロメット加工の作業指示をしていたことが認められ右認定に反する証拠はなく、原告は前記延長職懇に参加したことは当事者間に争いのない事実であるから、原告は上司の業務命令に背反してその職場を離脱したことは明らかである。
(3) 同<3>の事実について
右二回の延長職懇への参加に際し原告がした作業指示命令違反及び無断職場離脱行為につき、被告が右各行為は別紙(一)記載の準社員規則三八条一、三、四、二〇、二一の各号に該当するとして、同規則三七条二号を適用して原告に対し半日分の減給処分をしたことは当事者間に争いがなく、これが後日被告によって撤回されたことは原告の供述によって明らかである。
(4) 同<4>の事実について
昭和五〇年三月一四日、同年四月二五日、同年六月六日、同年九月一九日に延長職懇がそれぞれ開催されたこと、右延長職懇に原告がいずれも参加したことは当事者間に争いがなく、(人証略)を総合すれば、右四回の延長職懇に先だち、堀本組の指導員八木ないし堀本工長は、その職務権限に基づいて、原告に対し延長職懇開催中の原告の勤務時間についてステップ加工のボルトセット又は中型車キャブフロアーのグロメット加工の各作業の指示をしていたのにかかわらず、原告は、堀本工長ないし八木指導員の作業指示に反して延長職懇へ参加し、その際、原告はみずからが被告の社員であるから組合員であり延長職懇への参加資格があると主張していたことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果部分は(人証略)に対比してたやすく採用できないし、他にこの認定をくつがえすに足る証拠はない。してみれば、原告は前掲職懇に四回参加することによって上司の業務命令に背反して職場を離脱したことは明らかであり、原告の右各行為はいずれも準社員規則三八条一、三、四、二〇、二一、二七の各号に該当する。
(二) ハンガーコンベアラインへの遅刻(職場到着の遅刻)
被告は、原告がその職場であるハンガーコンベアライン作業現場(以下「職場」という。)にほとんど毎日午前八時を過ぎた時刻に到着していたと主張し、その午前八時過ぎの職場到着をもって準社員規則上の遅刻であると主張する。
午前八時を過ぎた職場への到着をもって遅刻であると評価しうるためには、労働者が労働契約(就業規則等)により午前八時までに職場に到着すべき義務を負うものでなければならない。そこで、原告が職場に到着すべき時刻及び原告が職場に到着していた時刻について以下検討する。
(1) 原告が職場に到着すべき時刻
(証拠略)によれば、昭和四八年九月一日から同年同月三〇日までは始業時刻午前八時、土曜日四時間、月曜日から金曜日まで七時間五〇分、土曜日隔週半休であったことが認められ、同年一〇月一日以降始業時刻午前八時終業時刻午後五時、休憩時間として午前一〇時より五分間、正午から五〇分間、午後三時から五分間、週休二日制であったことは当事者間に争いがないから、原告の遅刻を論ずる昭和四八年九月一日以降の被告の始業時刻は午前八時であることは明らかであるところ、(証拠略)によれば、被告日野工場はその敷地が広大で右敷地内に工場棟や事務所棟が点在し、正門から原告の職場までは約七〇〇メートル余の距離があり、その間に出退勤時刻を記録するタイムレコーダーの設備があり、当時原告は正門から歩いて一分足らずのところに設置されていたタイムレコーダーを使用し、同所から更衣室まで歩いて約七分位、更衣室から職場まで一分五一秒位を要していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。このように入門から職場到着までかなりの時間を要するうえタイムレコーダーの設置場所が事業場へ入る門と職場との間にあるような場合には、就業規則所定の始業時刻が入門時を指すか職場への到着時刻を指すかは規定の文言上必ずしも明確であるとはいえないから、まず、この点について検討する。
就業規則所定の始業時刻の解釈基準について労使の協約による定めや職場慣行がない場合においては、一般には、労働者が事業場に入門した時刻をもって始業時刻と解する説もないわけではないが、多数労働者を擁する企業体と労働者との雇傭契約ないし労働契約は通常就業規則所定の労働条件によってその内容が画一的に決定されるいわゆる附合契約的性質を有するものであるから、当該就業規則条項(本件では始業時刻午前八時)に疑義がある場合は当該事業所における職場慣行をもって合理的、画一的にこれを解釈するのが相当である。そこで本件についてこれをみるに、(証拠略)を総合すると、被告においては昭和二六年以前から始業時刻及び就業時間に関しては規定の時刻を尊重し必ず始業時刻に作業を開始し終業時刻まで作業を継続し、その実施を円滑にするため入場はなるべく始業時刻一〇分前までとし、退場準備は終業時刻後に行うとする職場慣行が成立していたが、同年八月一五日被告と組合の前身である全自動車日野ヂーゼル工業分会との間で右の職場慣行を相互に確認しこれを就業規則(社員規則)に関する了解事項として明文化したこと、この了解事項の内容は、その後右就業規則が改定される都度就業規則の一部として確認され続けてきたうえ、原告が懲戒解雇の意思表示を受けた当時施行されていた社員規則(原告は準社員規則に従う。)も右の旨を別紙(二)就業規則に関する了解事項記載のとおり了解事項として規定していること、そして被告にあっては、社員・準社員の区別なく右了解事項の内容に副う方法で一般的に就業時間が運用され続けて来たことがそれぞれ認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。もっともこの点につき、原告は、同人の以前の職場であった実験部機構実験課においては午前八時までに職場に到着しなくとも何らの注意を受けることもなく、同課の従業員は原告を含め概ね午前八時までにタイムカードに打刻するが、職場へは午前八時を過ぎて到着していたから被告においては午前八時の始業時刻に作業開始するという就業規則の一般的な運用は行なわれていなかった旨主張し、一部右事実に副う(証拠略)の記載、原告本人尋問の結果がある。しかし、もとより職場における始業時刻の具体的な運用は、当該事業場において種々な作業を分担処理する数種の部課が存在する場合には、それぞれの部課においてその作業処理の態様、その部課の置かれた具体的状況等によりこれをすべて一律にすることは困難であるからおのずから異らざるを得ないものであるが、被告日野工場においては種々の部課が存在し、右部課においてはそれぞれ異なる作業を異なる態様ですなわち、原告の職場のようにハンガーコンベアーによる流れ作業をしているところと原告の従前の部のように個性的な実験作業を担当する等しているところとがある(この事実は当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨により認められる。)から、始業時刻の具体的な運用については各部課の方針によって決定されていたものと認められる。従って、原告主張の事実が認められたとしても、この一事から原告所属の職場において原告の主張と同一に取扱わなければならない理由はなく、かえって、日野工場第三製造部では、毎月の月初の就労日には午前八時から一〇分間課長朝礼、毎週月曜日の同時間には指導員によるミーティング、その余の就労日には午前八時から三分間指導員によるミーティングがそれぞれ持たれ、右各終了後にハンガーコンベアの作動スイッチが入れられて作業が開始される状況にあったことは当事者間に争いがなく、そして、前記認定の事実に、当事者間に争いのない被告日野工場第三製造部においては社員、準社員が同一の作業に従事しており、就中、原告の職場にあっては、一チームを構成してする同一作業のチーム構成員にその双方が含まれていたことを併せ考えれば、被告日野工場においては遅くとも昭和二六年以降始業時刻の午前八時には社員、準社員の区別なく職場に到着し、被告の指揮命令下に入る旨の職場慣行が成立していたものと認められる。
なお、被告がその従業員の賃金計算上の始業時刻をタイムカード打刻上の午前八時としていること(タイムカードに午前八時までに打刻した者には、同人が職場に午前八時を超えて到着しても賃金カットしないという運用)は当事者間に争いのない事実であるけれども、(人証略)によれば被告が賃金計算上の始業時刻に関する右の運用をしているのは、多数の従業員を雇用する被告が、大量の賃金計算事務を統一的に且つ迅速に処理するという目的のためであって、合理性を有することが認められ、右認定に反する証拠はない。そして、右運用は午前八時までにタイムカードに打刻してさえいれば、職場に同時刻を過ぎてから到着したとしても本来は賃金カットされるべきものをカットしないで済ますという取扱であるから、従業員にとってはかえって有利なものであることが明らかであり、この取扱をもって始業時刻経過後に職場に到着してもよいと解する根拠にはなりえない。この点、原告は被告の右取扱を理由に午前八時経過後職場に到着しても遅刻扱いできない根拠として、社員・準社員両規則上、入門から職場へ到着するまでの約一〇分間は、被告の指揮監督による拘束下に入らないとする規定が存在しないことを主張し(右主張は、右時間は始業時刻の午前八時から八時一〇分までに充てられるべきものであるとの趣旨に解される。)、原告の職場でされている安全靴の履替えと作業服の着替えに要する時間を含むタイムカード打刻後職場に到着するまでの時間約一〇分は労働基準法三二条にいわゆる労働時間であり、右に要する時間と原告の実働時間を併せると一日の労働時間は八時間を超えるから午前八時から作業開始する(ないし被告の拘束下に入る)との職場慣行は違法無効であり、それに要する時間分の作業現場への遅れはこれを遅刻として懲戒責任を問えないものであると主張する。
しかし、被告日野工場においては、始業時刻午前八時から作業を開始するという職場慣行は、前記のとおり午前八時一〇分ないし午前八時三分から開始することに変っているものの、作業開始前の課長朝礼、指導員によるミーティングは始業時刻の午前八時から開始されているのであって、午前八時までに職場に到着すべき職場慣行は一定不変の状態にあったことは前記認定のとおりである。
ところで労働基準法三二条の労働時間とは、その規定の文言上使用者が労働者をその指揮監督下に拘束している時間を指すものと解するのが相当であるが、その「指揮監督下に拘束している時間」には現実に労働させている時間のみならず現実の労働に必要不可欠な準備行為をその拘束下にし、またはさせている時間も含まれるものと解すべきであるとともに、使用者の指揮監督はそれが明示のものである場合に限られず、黙示のものである場合をも含むものと解するのが相当である。
而して入門後職場到着までの時間中歩行時間は、被告の指揮監督下に拘束しているものとはいい難いから、右労働時間には含まれないものと解するが、作業服、作業靴等への着替え履替えについては、使用者側の指揮監督による拘束下に行なわれることが必然的な要請であるか否かによって決するのが相当である。そこで、本件についてこれを検討するに、(人証略)によれば、被告は原告を含む現場の作業員に対し、その作業開始前に、指示する安全靴への履替えを命ずるとともに安全靴の購入についてはその代金の一部を補助していたことが認められ、(人証略)を総合すると、昭和四八年九月以降原告の従事した作業を含むハンガーコンベアによる車体組立作業は、油、汗等で衣服が汚れるものであり、通常作業時に着用した衣服のままで電車等による通勤をすることは社会通念上困難であったため原告を含む現場従業員のほとんど全て(既に作業服で出勤する者を除く)が通勤着から作業服に着替えていたこと、従業員のほとんど全ては着替用の作業服に被告日野工場の売店で販売されている一定の形式の上下服を使用していたこと(右上下服には限定していない。)、被告は前認定の安全靴の履替え及び右作業服への着替えに供するため現場作業員各自に対し各一個のロッカーを提供し、これを作業現場に隣接するロッカー室に設置し(原告使用の更衣室は前記のとおり職場から徒歩約一分五一秒位を要する場所にあった)、現場作業員の着替え等には右ロッカー室が利用されていたこと、原告の直接の上司である堀本工長は被告からの指示に基づくものではなかったが原告ら従業員に対し作業服への着替えを指示していたことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。以上認定の事実によれば前記安全靴への履替え及び作業服への着替えは原告の従事したハンガーコンベアによる車体組立作業のために必要な準備であり、且つ右は被告により明示若しくは黙示に指示されていたものということができる。しかし、この種準備行為は、使用者の施設における機械の整備・点検等のように施設現場における使用者の拘束下でしかできないものとは異なり、使用者である被告の指揮監督による拘束下になくともできるものであることは社会観念上これを容易に肯認できるところであるから、労働力提供のための準備行為であるからといって当然に労働時間に含まれるものと解する余地はない。前記認定の被告の明示または黙示の指示による安全靴への履替え、作業服への着替えは、職場における従業員の安全確保のためにとった使用者の便宜的措置であると理解することができ、また、ロッカー(更衣)室を提供して従業員に利用させていることは(人証略)の供述するとおり従業員に対する便宜供与と認めるのが相当である。そして、右着替え、履替え時間を含む入門から職場に到着するまでの時間が被告の企業施設内に入ったことから労働力提供のための準備行為にあたるとして直ちに使用者の指揮監督による拘束下に入ったもの(労働時間)ということはできないし、労働基準法三二条の労働時間の制限に関する立法趣旨が主として労働者の身体、健康に及ぼす影響を考慮していることのほか労働者の社会的、文化的、生活を営む余暇の確保にあると解しても、労働時間は使用者の指揮監督による拘束時間と解すべきことは前記のとおりであり(機械の整備・点検がまさに労働契約の内容である労務の提供にあたる。)、現実に労働力を提供する始業時刻の前段階の時間を準備行為の故をもって労働時間に含めることは、使用者の犠牲において労働者に余暇を与える結果になり、その不当であることは明らかであろう。もち論、右段階における時間を労使間において労働時間として合意することは許されるであろうが、本件では、前記認定の職場慣行によって被告の拘束時間に含めないことになっていたのであり、換言すれば、被告の日野工場第三製造部の就業時間は実働八時間とする職場慣行が成立していたのであって、この慣行は原告が被告との雇傭契約ないし労働契約を締結した昭和四五年当時はもち論原告が日野工場第三製造部へ配置替えされた昭和四八年当時既に一般化されており、この間における原告との契約更新に際しての被告の合理的意思が、原告から右職場慣行に従って始業時刻午前八時から労働力の提供を受けられることを当然に予定していた点にあることは、被告において右職場慣行と異なる内容の契約を殊更に原告との間に締結すべき合理的な特段の事情にはなかったことから容易に窺い知ることができる。結局、被告と原告との間の雇傭契約ないし労働契約の内容として、原告は始業時刻午前八時までに職場に到着すべき義務があったものというほかはなく、右時刻以後の職場到着は準社員就業規則上遅刻に該るものと断ずるほかはない。
(2) 原告の職場到着時刻
(証拠略)によれば次の事実を認めることができる。すなわち、原告は昭和四六年四月二〇日から昭和四八年八月末まで被告から就労を拒否されていたが、昭和四八年ころから被告において人手不足となったため被告はその態度を変え原告を昭和四八年九月一日付で第三製造部管理課に配置換えし、浜野管理課長、堀本工長、八木指導員のもとでコンベアラインによる車体組立作業をさせることとしたこと、右配置換えの前日堀本工長に対し浜野管理課長から原告の勤務態度に心配な点がある旨報告があったことや新しく人員が配置された時はその配置された従業員の職場が心配であり同人の勤務態度も気になるため現場の責任者である堀本工長は他にも指揮監督すべき部署があったけれども特に原告が配置された八木班を重点的に観察していたところ、原告の職場到着時刻が一般に新たに配置された他の従業員と対比して遅かったためその職場到着時刻をみずからの手帳に記入していたこと、原告の所属する八木班の班長である八木指導員もまた現場の直接の監督者として新入員である原告の勤務態度に注目していたが原告の職場到着時刻が他の従業員と比較して遅かった計りでなく、一般の新入員の職場到着時刻と対比しても遅かったため暫く様子を見たうえ昭和四八年九月一〇日頃から原告の職場到着時刻をみずからのメモ若しくは職場の壁に掛けたカレンダーに記載するとともに、その際ことある毎に原告に対し時計を示して原告の職場到着時刻を告知し、遅刻である旨伝えて注意を与えたこと、右の記載は八木指導員が一人でしていたものであり、八木が他の者に直接明示に自分の欠勤の際も代行して記載するよう指示したことはなかったけれども、八木班の他の従業員たちはいずれも原告がみずからの信念でハンガーコンベアライン運転開始時刻に遅刻して来ることを知っていたうえその遅刻時間はみずからの労働負担に密接な関係をもつ事柄であったため不満を持っていたからその到着時刻に敏感であったのでこれらを介して八木が欠勤した日の翌日、前日の原告の職場到着時刻を確認することは容易であったこと、八木指導員は昭和四八年九月一〇日頃から原告の職場到着時刻の記帳を始めたが、その数日後に右の旨とその記載内容を堀本工長に報告したところ、堀本工長はそれまでみずからもしていた手帳への記帳を止め以後は専ら八木指導員からの報告を記帳したり、その結果をまとめて表にするなどしていたが、堀本工長は昭和五〇年の夏ころになって原告の勤務状態を示す資料として右八木指導員の記帳したカレンダー及び堀本工長作成の表などを浜野管理課長のもとに提出し、管理課長のもとで右各資料を根拠に作成されたものが乙第三五号証であること、別紙(五)の職場到着時刻欄記載の時刻はいずれも八木指導員及び堀本工長において確認し記帳した原告の職場到着時刻を示すものであることがそれぞれ認められる。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠と対比してたやすくこれを採用することができない。
叙上の事実によれば、その時刻について多少の誤差の存在することは否めないが、原告は別紙(五)遅刻等一覧表職場到着時刻欄記載の時刻(昭和五〇年二月六日、六月九日、一〇日、七月一一日は各タイムカード打刻時刻後一〇分ころ)に職場に到着していたものと認めるのが相当であり、この認定を覆えすに足りる証拠はない。右によれば前認定の職場に到着すべき時刻午前八時に遅刻した時間は同表職場到着時刻欄記載(空欄の右四日分は右各認定の時刻)の八時以後の時間となる。
(3) 作業指示命令違反等
(人証略)と前記(2)で認定した事実によれば、原告はほとんど毎日その職場のハンガーコンベア作業の開始に遅刻していたため、八木指導員及び堀本工長からその都度遅れないように注意されていたがこれに従うことなく、被告が午前八時三分にベルトコンベアの作業を開始するのが違法不当であると主張し、みずから故意に午前八時一〇分までに職場に到着すべく努力していたこと(原告は自認している。)が認められ、右認定に反する証拠はない。
(4) 職場秩序違反
原告が昭和四八年九月から同五〇年一〇月三日まで所属した職場が第三製造部管理課堀本組であり、そこで従事した作業がハンガーコンベアによるいわゆる流れ作業であったこと、右の作業は四人が一チームを構成し四種の工程を順次分担するものであってその内容は微細な点を除けば概ね別紙(四)原告の従事した作業(以下「別紙(四)の作業」という)記載どおりであったこと、そして右各四種の作業は一貫して規則正しく処理される必要があったこと、右各工程は三・七分ないし五分で処理され次工程へ移行する必要があったこと、右ハンガーコンベアの運転開始時刻は、月初めの就労日と毎週月曜日が午前八時一〇分であったけれども、その余は午前八時三分であったことは前記のとおりである。(人証略)に前記認定の原告の職場到着時刻を併せると、原告は昭和五〇年四月頃以前においては早くとも午前八時六分頃以降に、昭和五〇年五月以降頃からは早くとも午前八時五分頃以降に職場に到着していたため午前八時三分から運転が開始されるハンガーコンベア作業にはほとんど毎日遅刻していた。そのため職場の指導員である八木及び堀本工長から再三に亘り注意を受けながら、原告は、その意向を聞き入れなかった。そして八木指導員ら職制が職務上原告に対してする注意については「職制は会社の岡っ引きだ」等と放言してそれに従わず、同僚等に対しても作業開始時刻に関する原告の前叙の信念を吹聴していたが、原告の右の如き態度については同僚の間で「どうして原告だけ遅くきてもいいのか」という不満があり、原告は、同僚から同一チームの作業員に迷惑はかけないでくれと頼まれたこともあったためその後は現実に迷惑をかけていた事実もあったとの反省から職場到着時刻を一分程度早めたこともあるが職場到着時刻についての原告の従来からの態度は改まることはなかった。この原告の態度に対し、八木指導員、堀本工長ら原告の指導、指揮監督に当る現場の上司は、それが目に余るため日頃から原告の職場到着時刻に注目し、その結果及びそれによる職場管理の困難性を管理課長に定期的に報告し、管理課長は右の旨を人事課長に報告していたが、原告の遅刻分については大部分は現場の同僚作業員の負担増で処理されたため人事課及び管理課から原告の処分については昭和五〇年夏ころまで上申されたことはなかったものの、管理課長は堀本工長らに対し原告への重ねての注意を促していた。又同僚作業員たちは原告のために加重される負担については不満をもっていたものの、それが余りに日常的であったために半ばあきらめていたことや、午前八時一五分を超える遅刻の際には、他から補充の応援者が手当されることもあって八木指導員に不満を漏らしたり堀本工長に苦情をいう他は特に表だった行動に出なかったものであることを認めることができ、(人証判断略)、他に右認定を左右する証拠はない。以上によれば、原告の職場到着についての遅刻はその職場における安定的で能率的な生産性を維持するための秩序を紊していたものと断ずるほかはない。
原告の前記認定の遅刻は殆ど連日であり、この遅刻(被告の抗弁に対する原告の主張3はここにいう遅刻に対する主張を含むものと解される)について、原告は別紙(六)記載の正当事由について主張するが、これについては次項(三)に認定のとおり一部正当事由を認め得られるが、以上認定の(2)ないし(4)の原告の行為は右正当事由を認めうる部分を除外して考えても準社員就業規則三八条一、三、四、一八、二〇、二二、二七の各号に該当するものと評価せざるを得ない。
(三) 遅刻、早退、欠勤と正当な理由
被告においては、タイムカード上午前八時までの打刻があれば、給与の支給上画一的に遅刻による減給処分としての賃金カットをしていなかったことは前記のとおりであるが、昭和四九年六月一六日以降原告が懲戒解雇された当時に原告に適用された準社員規則三八条三号、一八号はそれぞれ別紙(一)記載のとおり勤務怠慢であること、正当な理由のないしばしばの遅刻、早退、欠勤をそれぞれ懲戒事由と規定し、昭和四八年九月当時から昭和四九年六月一五日まで原告に適用された準社員就業規則にも同一の規定が存在したことは前認定のとおりである。ところで右各規定にいう「勤務怠慢」は怠惰な勤務状態を示すものであり、「正当な理由」とは、遅刻、早退、欠勤という雇用契約上の債務不履行(不完全履行)についての違法性阻却事由であるから、一般的には社会通念上使用者が労働者に対しその遅刻、早退、欠勤について責を問いえない理由を指称するものと解すべきであり、右の正当事由は準社員規則の規定の文言上は正当理由の不存在が懲戒事由となっているけれども、しばしばの遅刻、早退、欠勤が存在する限り(従って債務不履行たる事実が存在する限り)労働者において懲戒責任を免れるためには労働者側で右遅刻、早退、欠勤についての正当理由(従って遅刻、早退、欠勤することが社会通念上止むを得ないと認めるに足る事由)を主張立証しなければならないものと解すべきである。
そこで、本件についてこれを見るに、昭和五〇年五月一日以降の原告の遅刻は殆ど連日であることは前記のとおりであり、早退、欠勤の回数については当事者間に争いがなく、右によれば、早退は七回、欠勤は一七回である。そして昭和四八年九月から昭和五〇年四月末日までの遅刻は殆ど連日、早退は一二回、欠勤は別紙(五)の一覧表タイムカード打刻時刻欄に欠勤と表示するとおりであってその回数は三〇回であることは(証拠略)によってこれらを認めることができ、右認定に反する証拠はない。従って昭和四八年九月から昭和五〇年九月末日までの二年余の間における原告の遅刻は殆ど連日、早退、欠勤はそれぞれ合計一九回、四七回であったことになる。
そこで、次に、右の遅刻、早退、欠勤について正当事由があったか否かについて検討する。(証拠略)によれば、昭和五〇年五月一日以降の原告の早退、欠勤の一部はその原因について原告にも責められるべき点はあったものの同年四月ころから始まった原告に対する被告車体二課及び管理課の課員らにより被告日野工場構内でされた度重なる集団暴行事件に基づく受傷、治療等のためであったこと、その余の遅刻、欠勤のうち昭和四八年九月六日の遅刻が業務上の受傷の治療のためであったこと、昭和四九年九月下旬から同年一〇月中旬までの五回の欠勤が原告の妻の出産に関するものであったこと、昭和四八年一〇月八日、昭和四九年九月六日、同年一〇月二五日、同年一一月二二日、同年一二月二〇日、昭和五〇年七月一六日の六回の欠勤が或いはみずからが原告となり被告を相手方として提起した被告の原告に対する前記減給処分の無効確認請求事件への当事者としての出廷のためであり、或いは訴外北畠秀の解雇無効確認請求事件の傍聴のためであったことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。その余の遅刻、早退、欠勤については、原告はそれが別紙(六)記載のとおりみずから又は家族の病気のためであって正当な理由に基づくものである旨主張し、原告本人尋問の結果中には右主張に副う部分も存在するが他に右供述を裏ずける確たる証拠も存在しない本件にあっては右供述のみをもって右主張を採用することはできない。
前認定の事由が正当な理由といい得るかどうかについて検討するに、被告日野工場構内においてされた原告に対する課長、課員らによる集団暴行を原因とする受傷の治療等のための欠勤(昭和五〇年七月三〇日、三一日、八月二日、五日から八日まで)、早退(昭和五〇年五月一六日、三〇日、六月一七日、七月二九日)はその態様、後記認定の原因等から考えて止むを得ないものであったというべきである。又労働災害である業務上の受傷の治療行為のための遅刻(昭和四八年九月六日)もまた止むを得ないものであったというべきである。更に、妻の出産に際しての欠勤もそれが妥当な日数の範囲内であれば欠勤等についての正当事由となると解すべきところ、原告の欠勤日数は出産の前後五日であって概ね妥当と解すべきであるから、右に伴う五日間の欠勤も正当な理由に基づくものであったものというべく、また自己の権利擁護のために裁判所に出廷すること(昭和四九年九月六日、一一月二二日、一二月二〇日、昭和五〇年七月一六日)は、当時の原告の経済事情からすれば訴訟代理人を選任すること自体難きを強いるものであるからこれをもって正当理由がないとはいえない。しかし、他人の裁判の傍聴については通常は会社の勤務を優先させるのが相当であるからこれをもって正当理由があるものとはいえないものというべきである。昭和五〇年七月一〇日のリンチ事件被害者として警察の取調べを受けるための欠勤も止むを得なかったものと認めるのが相当である。
叙上認定の事実からすると、原告の遅刻中正当理由があるといいうるのは一回であり、その早退中正当理由があるのは四回であり、その欠勤中正当理由があるといい得るのは一七回である。従って原告の正当な理由のない遅刻はその殆どすべて(四四六回)、早退は一五回、欠勤は三〇回である。これらはその期間から考えるとしばしばのものであったというべきであるから原告の右遅刻、早退、欠勤は準社員規則三八条一八号に該当する。
なお原告は、原告が被告の社員であるから、その与えられるべき年次有給休暇日数が現実に与えられたそれより多い筈であり、その差を欠勤に充当すれば欠勤日数は更に減少する旨主張するけれども、原告の被告における身分は準社員であることは前認定のとおりであるから、みずからの身分が社員であることを前提とする右主張は理由がない。そして、原告の右主張中に準社員としての年次有給休暇に関する主張を含むものとしても、原告が一旦遅刻、早退、欠勤等をしてしまった後になってこれを埋めるのに年次有給休暇を充てると主張することは、使用者である被告には年次有給休暇の請求があった場合に時季変更権を行使する余地があるから被告の同意のない本件では原告の右主張を直ちに容認することはできない。
5 懲戒解雇事由たる事実に関する情状
(一) 懲戒処分として譴責、減給、出勤停止、又は懲戒解雇等が存在する場合に懲戒解雇をなしうるのは当該懲戒事由について当該労働者を譴責、減給、又は出勤停止等の比較的軽い処分に付してこれに反省の機会を与えることが全く無意味であってこれを企業内に存置することが企業の円満な経営秩序を紊し、その生産性を阻害することが明白な情状にある場合に限られることは前説示のとおりであるが、これを更に詳しく検討すると、懲戒事由としての業務命令違反、職場離脱、勤務怠慢、職場秩序違反等については業務命令が企業運営上必要かつ合理的なものであったか、違反態様、その原因、企業運営に与えた結果の程度、職場離脱の目的、時期、時間、態様、結果、勤務態度、勤務怠慢の原因、結果、同一職場の他の従業員に与える影響の程度、職場秩序違反の程度、態様、原因、結果等諸般の事情を総合判断して、結果的に懲戒解雇することが社会通念上止むを得ないものと肯認される程度の情状があることを必要とするものと解すべきである。
(二) そこで次に本件の各懲戒事由たる事実についてその情状を判断する。
(1) 延長職懇参加について
原告が昭和四八年九月に配置換えされてから昭和五〇年一〇月三日懲戒解雇されるまでに前後六回延長職懇に参加し、その際いずれも上司の許可を受けなかったばかりか、グロメット加工、ステップ加工等の作業指示命令に反抗していたこと、反抗の原因は準社員も参加資格があるとの理解にあったこと、後四回は前二回の業務命令違反及び職場離脱に対する減給の懲戒処分(後日撤回された)がされた後のものであることはいずれも前認定のとおりである。然しながら(証拠略)によれば、原告が昭和四九年に配置換えされる以前の職場である機構実験課に所属していた当時から原告は延長職懇に参加していたがその当時は右参加を制止されることもなく従って業務命令をされたことがなかったこと、延長職懇中は被告が社員に出席資格を認めているためハンガーコンベアは停止されていること、社員の中には延長職懇に参加せずその時間を自由に費消している者もあること、原告に命令されたグロメット加工、ステップ加工という業務はいずれも通常はコンベア運転中にされる準備的な作業であること、原告が受けた命令を遵守しなかったことによる業務上の支障は特別存在しなかったことがそれぞれ認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
(2) ハンガーコンベアへの遅刻について
原告のハンガーコンベア作業現場への遅刻の動機、態様、それに対する職場上司及び同僚の対応、上司の業務上の注意及びこれに対する原告の反抗態様はいずれも前認定のとおりである。又原告の職場がハンガーコンベアラインでの車体組立作業現場であって原告の担当する作業が四人で構成された一チームをもって四種の作業(作業内容は大略別紙(四)記載のとおりである。)を一人各一種づつ順次処理するものであり、これら四種の作業はそのいずれもが他の三種と密接に関連するほか次工程との間でも密接な関連を有し、それぞれが三・七分ないし五分の間隔で規則的に処理されることがハンガーコンベアでの組立作業の円滑な運営上必要欠くべからざることであったことは当事者間に争いがない。以上によれば、原告はその労働日のほとんどに遅刻し、その遅刻時間が概ね数分以内であってハンガーコンベアラインでの車体組立作業の円滑な運営に具体的に支障を来たした度合は比較的小さかったけれども、それはたまたま前日の作業仕残り分があったことや原告と同一チームを構成する他の作業員の二重負担で処理された結果であるうえ時としては原告の遅刻時間が一五分を越えることもあったため原告の作業を処理するための代替員を急遽、補充する必要もあったうえ原告と同一職場の他の従業員からその回数こそ比較的少なかったとはいえ、上司に対し原告だけが何故遅く来てもよいのかという不平不満が述べられていたこと(この回数が比較的少なかった理由も前認定のとおり、同一職場の従業員が原告の行動があまりに他の従業員のそれとかけ離れていたため諦めに似た感情をもっていたためである。)、これらの原告の行為に対し直接の指導員である八木をはじめ職場の責任者である堀本工長らからその都度コンベアラインに遅れないようにとの注意がされたが原告は「職制は会社の岡っ引きだ。」と放言してこれに従おうとしなかったことが明白である。
(3) 遅刻、早退、欠勤
原告の遅刻、早退、欠勤については、原告が懲戒解雇当時の職場に配置換えされた昭和四八年九月から昭和五〇年九月末日までの約二五か月間(但し労働日は一か月当り二〇日程度のものであった)に正当な理由のない欠勤が三〇回、遅刻が四四六回、早退が一五回(但し職場への遅刻はほとんど毎日であった。)であること、右の遅刻の場合については他から応援者を手当する必要があり、右応援者は原告の担当する仕事内容に不慣れであったため職場の作業に混乱を生じたことはいずれも前認定のとおりである。(人証略)の証言及び原告本人尋問の結果部分(但し後記措信しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、被告においては遅刻、早退、欠勤の際には一般に事前に口頭で現場の上司にその旨報告し、事前に報告することができない場合にも事後すみやかに報告するようになっていたが、原告は事前に届出ることも数回あったけれどもその余は事前に届出ることはせず、事後に口頭で報告するのがほとんどであったため原告の職場では原告が当日出勤するか否かの把握が困難であり、他から補充員をあてるべきか否かの判断が遅れざるを得ず職場の作業運営に支障を来たすことがままあったうえ、その欠勤、遅刻等は他の一般的な従業員と較らべるとかなり頻度の高いものであったため職場では原告に対する不満をもっている者が多かったことが認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲証拠と対比してたやすく採用できない。
(三) 以上認定の懲戒事由たる原告の行為の動機、態様、結果等を総合判断すると延長職懇参加に関する行為についてその情状が比較的軽微であったことを除けば、原告の勤務態度は職場到着について極めて悪質であり、午前八時までに職場に到着するようにとの上司の指示に対する反抗の態度はこれまた悪質であって、原告のこれらの行為をそのまま放置することは現に生じている業務上の支障を増大させるとともに他の従業員に加重負担を強いることにもなり、その結果従業員の公平な処遇が困難となるため他の従業員の不平不満を増大させることになることも明らかであり、職場秩序の円満な維持が困難になるものと見るのが相当である。又原告の遅刻欠勤も他の従業員と較らべると極めて多いばかりか事前に届出しないものが多いために業務上の支障が可成の程度あったものと考えられる。更に、原告の職場到着遅刻はみずからの堅い信念に基づくものであって一旦決めたことは最後まで押し通す原告の態度(これは弁論の全趣旨によって認められる)を併せ考えると、懲戒解雇を除く比較的軽い懲戒処分を科してもその反省と改善は容易に期待し得ないところであったというべきであるから原告には前記各懲戒事由について社会通念上懲戒解雇されても止むを得ないと認めるに足る情状があったものといわざるを得ない。
もっとも、原告の懲戒解雇の原因として主張されている事実はいずれも原告が配置換えされた昭和四八年九月から昭和五〇年九月末までのものであり、(証拠略)を総合すると、原告の懲戒解雇の原因とされる事実については、右期間中延長職懇参加に際しての業務命令違反及び職場離脱について一度減給の懲戒処分がされた(後日撤回された)ことを除けば一度として何らの処分もされたことがなく、右懲戒解雇の時期は、原告に対する第三製造部車体二課、管理課の課長、工長、課員ら数十名による度重なる集団暴行事件(以下「集団暴行事件」という。)についての警察の事情聴取が始まった直後であったこと、右集団暴行事件について捜査が開始されたのは右事件について原告が警察に告訴したためであること、原告は以前から「日野自工有志の会」という労働者の団体を結成してその構成員らとともに訴外北畠秀の被告による解雇の撤回運動をするなど被告の労務政策に反対し批判して来たうえ昭和四九年夏には青梅労働基準監督署長に対し原告の違法な残業命令を申告し、同監督署長から原告に対する賃金支払命令がされたのをはじめその他にも労務管理上の被告の違法行為を明らかにしたことがあったこと、右集団暴行事件の発端には原告らの車体二課長のした違法な労務管理に対する告発があったことをそれぞれ認めることができ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。以上によれば、被告が原告に対してした懲戒解雇が真にその懲戒解雇事由とされる原因の故にされたかの点について多少の疑問が存しない訳ではない。然しながら、原告の懲戒解雇事由とその情状については前説示のとおりであるうえ(証拠略)を総合すれば、被告人事担当者らは昭和四八年九月以降の原告の勤務態度についても原告の所属する課の課長である浜野から報告を受けその対応に苦慮していたが、昭和四六年四月の準社員契約の傭止め予告の撤回にまつわるやりとりやその後の原告の被告人事担当者らに対する態度、被告の労務政策に対する態度から、形式的にもせよ、ようやく正常となった原告と被告との関係(昭和四六年四月二〇日から同四八年八月末日まで被告が原告の就労を拒否していたことは前説示のとおりである。)を殊更に悪化させるのは得策でないと考え、一度軽い減給処分をしたほかはひたすら原告みずからの反省による態度の改善を期待していたものであること、然し、原告への集団暴行事件が起き、これが刑事々件となって新聞雑誌等で報道されるに及び事態が被告会社全体に知れ渉ることになった結果、原告と同一職場の従業員のみならず広く被告従業員の多数から被告に対し原告の処分を求める動きが起きたため、これを放置していては職場の秩序の維持がほとんど不可能となることや集団暴行事件の重要な原因の一つには原告らの集団による車体二課長や工長らの自宅への押しかけ抗議行為ないし集団による又は電話による嫌がらせ行為があってその態様も執よう且つ悪質で課長、工長の中には一時居所を変えて身を隠さざるを得なかった者も居た程であったことが認められ、この認定に反する証拠はない。以上によれば、原告の懲戒解雇は原告の懲戒解雇事由たる各行為について宥恕こそしていなかったけれどもその反省改善を原告みずからに期待し猶予していた被告が集団暴行事件後の他の従業員から原告に対する批判が高まり原告みずからの反省をまっていては企業秩序を維持できないため止むを得ずにした処分であったものと推認することができ、右推認を覆えすに足りる証拠はない。
なお、原告は、被告が原告が被告に入社した直後から原告の政治活動、労働運動を忌み嫌い、事ある毎に原告を被告から排除しようとして来たものであり、それ故に原告の懲戒解雇も右の目的のためにされたもので無効であると主張する。そしてその具体例として<1>昭和四六年三月の傭止め予告、<2>同年夏の暴力団を使った退社強要、<3>昭和四六年四月から昭和四八年八月までの就労拒絶、<4>昭和四八年一〇月の裁判傍聴妨害等を挙げるけれども、右<1>については、傭止め予告が社員登用試験の不合格のためであり、その不合格は原告が入社前にした政治活動がその原因である旨の原告本人尋問の結果が存在するが、右は(証拠略)と対比してこれをにわかに採用することができず、他に右事実を認めるに足る証拠はなく、<2>の主張については原告が暴力団員風の男たちから任意退職を強要されたことについて、これに添う(証拠略)と原告本人の供述とがあるが、右暴力団員風の男たちをして原告に退職を強要させたのが被告であるとの確証は存しない。<3>の主張については、(人証略)によればその期間中被告が原告の就労を認めなかったことが容易に肯認できるが、それが殊更原告の政治活動、労働運動上の活動を忌み嫌い原告を被告から排除するためにされた処置であるとまで断定し得る証拠はなく、かえって(人証略)によれば、傭止め予告を撤回した際、被告は右撤回を原告が他に就職先を探すための傭止めの猶予期間と考えていたため出社しても仕事はしなくてよい旨を原告に伝えていたこと、右猶予期間の三か月経過後も原告が任意退社しなかったため事の経緯から被告は事態の推移を見ようとして右就労拒否が続いたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。<4>については、原告本人尋問の結果とこれにより真正に作成されたものと認められる(証拠略)によれば、被告人事担当者らにおいて原告主張の日時に被告構内で北畠秀の解雇無効確認を求める裁判に関するビラを配布していた原告を一室に連行し、原告に対しビラを配るのを止めることを求めて原告がその部屋から出ることを事実上不能にしたことが認められるけれども、このことの故に原告に対してされた懲戒解雇の真の目的が原告を被告から排除することによって原告の被告批判を初めとする労働運動を封ずることにあったものとまでは云いえない。従って、原告の前記挙示の主張はいずれもその理由がない。
そうだとすれば原告の本件懲戒解雇が懲戒解雇権の濫用ないし公序良俗違反により無効であるとの主張及び本件懲戒解雇が不当労働行為であるから無効であるとの主張はいずれもその前提事実についてこれを認めるに足りないからその余の点について判断するまでもなく理由がないことに帰着する。
三 懲戒解雇の効力発生時期
本件懲戒解雇は昭和五〇年一〇月三日付であり、その旨の意思表示が同日原告に到達したことは前記のとおり当事者間に争いがない。ところで、労働基準法二〇条一項但書によれば、解雇の意志表示がその日付に効力を生じるためには天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合又は労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合であることを要し、右の各事由について行政官庁(労働基準法施行規則七条により所轄労働基準監督署長)の認定を受けることが必要であるところ、右例外であるいわゆる除外認定は予告手当の支払をしないで即時解雇しようとする使用者の恣意的判断を規制する目的で監督指導上されるところの一項但書事由に該当する事実の確認処分であるから、右但書事由が客観的に存在する以上除外認定をとることは解雇の効力発生の要件ではないと解するのが相当である(最高裁判所昭和二九年九月二八日決定、裁判集刑事九八号八四七頁参照)。そこで、本件について、右一項但書所定の事由があるかどうかについて検討するに、同項但書所定の「労働者の責に帰すべき事由」とは、当該雇傭契約ないし労働契約の実態からみて予告ないし予告手当の支給をしないで即時解雇されてもやむを得ないと考えられる程度の重大な職務違反ないし背信行為が労働者側にある場合をいうものと解するのが相当であって、前記認定評価の懲戒事由からすれば原告が被告から即時解雇されても止むを得ない重大な職務違反、背信行為があると認めるべきである。従って、被告のした前記原告に対する懲戒解雇はその意思表示をした昭和五〇年一〇月三日にその効力を生じたものといわなければならない。
第四未払賃金
本件懲戒解雇が即時発効したものである以上、原告は被告に対して請求し得る未払賃金債権を有しないことは明らかである。
第五むすび
よって、原告の本訴各請求はすべて理由がないからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 野沢明 裁判官 日高乙彦 裁判官平林慶一は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 野沢明)
(別紙(一)) 準社員就業規則(抄)
三条 (就業の原則)
<1> 準社員はこの規則および業務上の指示命令を遵守し誠実にその職務を遂行しなければならない。
<2> 準社員が就業時間中業務外の事由によって職場を離れる場合は所属長の許可を得なければならない。
六条 (就業時間)
<1> 就業時間は次の通りとする。ただし、季節的条件または事業場もしくは事務所の地理的条件により特例を設けることがある。
始業時刻 午前八時
終業時刻 午後五時
<2> 業務上の都合により始業および終業時刻を変更することがある。ただし、同一暦日の範囲を越えて変更することはない。
三七条 (懲戒の種類及び方法)
懲戒は次に掲げる5種としその1または2以上を併科する。
1 けん責 始末書をとり将来を戒める。
2 減給 始末書をとり1回について平均賃金半日分以内を減給し将来を戒める。ただし2回以上にわたる場合においても月収の10分の1を越えることはない。
3 出勤停止 始末書をとり原則として14日以内出勤を停止し将来を戒め、その期間の賃金を支払わない。
4 諭旨退職 諭旨して退職させる。
5 懲戒解雇 予告期間を設けないで即時解雇する。
三八条 (懲戒の基準)
準社員が次の各号の1に該当するときはその情状に応じてこれを懲戒する。
1 この規則または遵守すべき事項に違背したとき
2 タイムカードの不正打刻、その他虚偽の届出、申告(報告を含む)、願出を行なったとき
3 職務怠慢であるとき
4 職場の風紀秩序をみだしたとき
5 会社内で賭博、窃盗、詐欺、暴行、脅迫その他これに類似の行為をしたとき
6 火気を粗略に取扱ったとき
7 私物を作成または修理したとき
8 許可なく会社の金品を持出しまたは私用に供したとき
9 刑罰法規に該当する行為をしたとき
10 故意または重大なる過失によって会社に損害を与えたとき
11 故意または重大なる過失によって会社の名誉または信用を毀損したとき
12 業務上の怠慢により災害、傷害その他の事故を起こしたとき
13 会社の名または準社員たる身分を利用して自己または他人のために私利を営む行為をしたとき
14 素行不良であるとき
15 就業時間中あらかじめ許可なく業務外の集会その他これに準ずることを行ったとき
16 業務上の文書、帳票等を偽造し、または故意あるいは重大なる過失によって破損、紛失、焼却したとき
17 故意または重大なる過失によって勤務その他業務上必要なる手続、届出をしばしば怠ったとき
18 正当な理由なくしてしばしば遅刻、早退または欠勤したとき
19 経歴をいつわりその他の詐術を用いて雇われたとき
20 業務上の指示、命令に反抗したとき
21 許可なく職場を離脱したとき
22 業務の円滑な運営を阻害したとき
23 会社の秘密をもらしたとき
24 会社の承認を得ないで他の業務に従事したとき
25 会社の構内であらかじめ許可なく演説、放送、掲示等を行い、またはビラ、文書、図書、刊行物等を配布したとき
26 会社の構内で許可なく政治活動をしたとき
27 注意、訓戒または懲戒を受けたにも拘らず改悛の情がないとき
28 前各号に掲げる行為を企て、共謀し、扇動し、使そうし、教唆し、もしくはほう助したとき
29 その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があったとき
(別紙(二)) 社員就業規則(抄)
三条 (就業の原則)
<1> 社員は職制によって定められた所属長の指示に従い、職場の秩序を保持し、また上長は常に所属社員の人格を尊重し、たがいに民主的に協力してその職務を遂行しなければならない。
<2> 社員は就業時間中業務外の事由によって職場を離れる場合は所属長の許可を得ることを要する。
五条 (就業時間)
就業時間は次の通りとする。ただし季節的条件および事業場または事務所の地理的条件により特例を設けることがある。
始業時刻 午前8時
終業時刻 午後5時
四六条 (懲戒の種類及び方法)
1 けん責 始末書をとり将来を戒める。
2 年次有給休暇制限 始末書をとり年次有給休暇を制限し将来を戒める。ただし、法令に定められた日数を制限されることはない。
3 減給 始末書をとり1回について平均賃金半日分以内を減給し将来を戒める。ただし、2回以上にわたる場合においても月収の10分の1を越えることはない。
4 出勤停止 始末書をとり原則として14日以内出勤を停止し将来を戒める。
5 懲戒解雇 予告期間を設けないで即時解雇する。
四七条 (懲戒の基準)
社員が次の各号の1に該当するときはその情状に応じてこれを懲戒する。
1 この規則または遵守すべき事項に違背したとき
2 タイムカードの不正打刻、その他虚偽の届出、申告(報告を含む)、願出を行ったとき
3 勤務怠慢で業務に対する誠意が認められないとき
4 職場の風紀秩序をみだしたとき
5 会社内で賭博、窃盗、詐欺、暴行、脅迫その他これに類似の行為をしたとき
6 みだりにタキ火をする等火気を粗略に取扱ったとき
7 私物を作成または修理したとき
8 許可なく会社の金品を持出しまたは私用に供したとき
9 刑法に規定する犯罪に該当することをしたとき
10 故意または重大なる過失によって会社に損害を与えたとき
11 故意または重大なる過失によって会社の名誉を汚したとき
12 業務上の怠慢または監督不行届きによって災害、傷害その他の事故を起こしたとき
13 会社の名義または社員としての資格を利用して、自己または他人のために私利を営む行為をしたとき
14 素行不良にして他の者に悪影響を及ぼす恐れがあるとき
15 作業時間中あらかじめ許可なく業務外の集会その他これに準ずることを行ったとき
16 業務上の文書、帳票等を偽造し、または故意あるいは重大な過失によって破損、紛失、焼却したとき
17 故意または重大なる過失によって勤務その他業務上必要なる手続、届出等をしばしば怠ったとき
18 無届欠勤が引続き14日以上にして正当な理由がない場合
19 経歴をいつわりその他詐術を用いて雇われたとき
20 業務上の指示、命令に不当に反抗したとき
21 しばしば注意を受けたにもかかわらず、職場を離脱したとき
22 故意に業務上の能率を阻害し、またはその機能を阻害したとき
23 会社秘密をもらしたとき
24 会社の承認を得ないで在籍のまま他に雇入れられたとき
25 会社の構内であらかじめ許可なく演説・放送・掲示等を行ないまたはビラ、文書、図書、刊行物等を配布したとき
26 注意、訓戒または懲戒をしばしば受けたにもかかわらず改悛の情がないとき
27 前各号に掲げる行為を企て、共謀し、扇動し、使そうし、または教唆し、もしくはほう助したとき
28 前各号に準ずる程度の不都合な行為があったとき
就業規則に関する了解事項(抄)
この了解事項は昭和39年3月1日より実施の就業規則(以下単に「新就業規則」という)に附随するものであって会社および組合双方が承認する事項である。
新就業規則について賛意を表する。
第五条 (就業時間に関し)
始業および終業時刻の規定を尊重し、必ず始業時刻に作業を開始、終業時刻まで作業を継続するものとする。この実施を円滑にするため、なるべく始業時刻一〇分前までに入場し、また終業時刻後に退場準備を行うものとする。就業時間とは労働時間に休憩時間を加えた拘束時間をいう。
(別紙(三)) 労働協約(抄)
一〇条 (労働条件の細部)
従業員の労働条件、給与に関する細部については、社員就業規則、社員賃金規則、退職金手当規定、贈与金規定及び旅費規定において会社と組合が協議のうえ別に定める。
(別紙(四)) 原告が従事した作業
1 キャンプ移載作業(左の番号順にされる)
<1> 停止した電着塗装用キャブとハンガーとを固定する四個所のピンを工具を使用して抜きとり、ハンガー解除の準備をする。
<2> キャブを移載地点まで手押しする。
<3> キャブ番号の確認、記帳する。
<4> キャブを電動操作により荷台の台車に降してハンガーを解除する。
<5> ハンガーを電動操作により上げる。
<6> キャブを載せた荷台を、約四メートル先の塗装水研ライン入口まで手押しする。
<7> ハンガーを元に戻す。
<8> ハンガーを元来た動力コンベアラインまで約四メートルの間手押しして戻す。
2 ステップ加工作業(左の番号順にされる)
<1> ステップを作業台に設置する。
<2> ラバー保温箱から滑り止めラバーを取り出し、右ラバーの三個所にビスをはめ込む。
<3> エアドライバーでビスを締め付ける。
<4> ステップを反転させ、滑り止めのゴムトッパーをステップの四個所にはめ込む。
<5> 塗装完了キャブを艤装ラインへのテーブルリフトに載せる作業を補助する。
<6> 完成したステップ二個及びフロントグリルをテーブルリフトに載せる。
<7> テーブルリフトを電動操作により階下に降す。
<8> <7>の作業の間、ビスにワッシャー及びスプリングワッシャーをセットする。
<9> 電着塗装完了のキャブが、キャブ移載作業の位置に到着した時に、キャブのフロントグリル、ステップをそれぞれキャブから取りはずし、前者はフロントグリル掛けに載せ、後者を作業台の近くに置く。
3 グロメット加工(左の番号順にされる)
<1> 次工程で艤装する塗装完了キャブの順序をキャブ降し担当者の所で確認する。
<2> 右の順序に従い、キャブをその位置から艤装ラインへのテーブルリフト付近まで手押しする。
<3> キャブの内側及び外側(主として内側)のいわゆるバカ穴に穴止め用のゴムでグロメット加工する(一台につき約一八個所)。
<4> グロメット加工完了のキャブをテーブルリフトの所まで移動する。
<5> 右作業の間にキャブ置場のキャブを整理する。
4 キャブ降し作業
(別紙(五)、(六)、(七)省略)